- 2009-06-07 (日) 23:44
- 雑記
たまにこんな事も書いてみようかと。どうみてもサマー/タイム/トラベラーのアエリズムの影響…
さて本題。
僕は常々、人間が集まると、集まっただけ馬鹿になると思っている。一人よりも二人の方が怪しいし、3人になれば軽く信用など出来ない。10人、100人となるにつれ、僕は彼らと距離を置く。
現代はともかく、人類の歴史を考えれば殆どの時代で集団は他の集団と戦っている。否、現代ですら「経済」という枠の中で戦っているではないか。
僕は、この問題点が大きく2つに分割されると考えている。
- 集団に属する人間は、その集団の外よりも内を重視する
- 集団の内での個(あるいは小集団)同士の欺瞞が集団を腐敗させる
これらの妥当性については議論の余地があるだろう。是非考えてみて欲しい。僕もおそらく様々な点を見落としている。
サマー/タイム/トラベラーの作中で響子は「犯罪を無くす為には全人類が知り合いになれば犯罪がなくなる。顔を忘れない程度に脳を増強すべきだ」と言う様な事を言っていた。確かにこれも中々良いのだが、決して会う事の無い人々同士が戦う事はあるだろうし、嫌いな人間がは発生しやすいだろう。なんと言ったってあいつにされた嫌な事を忘れないのだから。
ここに僕は別の対策を考えたい。「他者の考えている事が全て分かる能力の付与」すなわち全人類がサトル(サトラレ)状態になるという事である。
もしこれが実現したならば、集団の外に居る人物を非人間的にとらえる事は無くなるし、集団内の団結は強くなる。やがてその集団は広がり、情報は浸透し。人類は広い意味での一つの個となるのだから、不用意な誤解は減るだろう。
それでいて、ある程度の個性は保たれる筈である。同じ情報を持っていても解釈が違うという状態だ。他者が違う解釈を持っている事も認識出来るが、それが自分の意見を取り下げる事にはならない。非常に健全なコミュニケーションの実現である。
勿論これは技術的/倫理的障壁を度外視したあくまでSF的な思索だ。だが現実にその思想を反映する事は難しくない。
今回は三原則という形でまとめよう。
- 正直であれ
- 善人であれ
- 他者を信じよ
こんな所だろうか。
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※こんな記事は初めて書いたので、少々至らない点もあったと思います。ご容赦ください。
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